Archive for the '東京散歩' Category

東京散歩:協力的野鳥観察

昨日は東京港野鳥公園に行ってきました。
東京モノレールの流通センター駅から徒歩10分くらい、東京湾岸貨物倉庫街の一角、隣は中央卸売市場大田市場、反対側はJRの貨物ターミナル、羽田空港に近いので上空をひっきりなしに飛行機が飛び交うという立地で、こんなところにこんな公園があるなんて最近まで知りませんでした。もともと1960年代の埋め立てにより出現した陸地で、埋め立て後雨水がたまって自然にできた池などに鳥がたくさん集まるようになってバードウォッチングの名所として知られるようになったことから、1989年に公園として整備・開園したのだそう。道理で知らなかったはずだ。ダンナはバードウォッチャーの父親に子供の頃から仕込まれた筋金入りのバードウォッチャー。これはぜひ行かないとというわけでこの連休の夫婦散歩の行き先として決定しました。

ばかでかいカラスに迎えられ、「野鳥公園に来て見たのがカラスだけだったらがっかりだよねー」などと冗談を言いながら門から中に入ると受付。入場料は大人300円で、公園の地図と一緒に野鳥のリストも渡されます。英語資料もばっちりでダンナも満足。受付の人から日本語と英語で「今日はオオルリという珍しい鳥が来ていてみなさん興奮してますよ」と言われ、へーそうですかと言われた方に行ってみました。

珍しい鳥が来てるって言ったって広い公園の中じゃそうそう見えるもんじゃないでしょ、と思いながら行ったのですが、そのオオルリがいる場所はすぐわかりました。1本の木を大勢が囲んでいて、その多くは望遠鏡みたいな特大レンズをつけたカメラをその木に向けています。どれどれと近寄って特大レンズの群れの先を見てみると、最初は何も見えなかったけれど確かに鳥が1羽、枝から枝へと飛び移っています。最初は木の葉の陰になって鳥の姿自体はほとんどわからず、写真撮影の人たちも角度を変えたり立ち位置を変えたり四苦八苦していましたが、その様子に気づいたのか(?)、オオルリがだんだん下の方の枝に移り、視界に入ってきました。名前の通り背が光沢のある青色、腹の方は真っ白というきれいな鳥です。しかも目に見えるところでじっととまっているのでシャッターチャンスもばっちり。なんとも協力的な鳥です。と思っていたらなんと今度は地面に降りてきました。カメラ陣の足元数メートルという至近距離。ダンナによると、ヒタキ類の鳥が地面に降りてくるなんて珍しいのだそう。まるでカメラサービスといわんばかりの行動です。が、逆に特大望遠レンズでは至近距離の撮影は難しいので、カメラ陣一同は大慌て。距離をとろうと動いたところで驚いた鳥は木の上に戻ってしまいました。

オオルリの木から離れて園内に作られた小さな田んぼを抜け、その先の池の観察小屋へ。望遠鏡が備え付けてありますが、季節的にも時間的にも野鳥の活動が少ない時期で、何も見えず。トンボばかりが飛び交っていました。園内は2つのゾーンが歩道橋で結ばれているレイアウトになっていて、もうひとつのゾーンの方にも観察池があるというので、もと来た道を戻ると、さっきの木の周囲は相変わらずカメラの群れ。サービスの良いオオルリがまだよく見えるところでポーズをとってくれているのでした。英国の野鳥観察だとこういう場面ではベストアングルの奪い合いみたいなシチュエーションになることも多いのに、日本人はお互い譲り合ったりこっちがいいよなんて教えあったり和やかなのはカルチャーの違いだなあとダンナは関心。一人が三脚に乗せたカメラの液晶画面を覗かせてくれました。さすが望遠レンズで、スズメをひと回り大きくしたくらいの鳥ですが画面いっぱいに大きく写っています。背の青色の美しさもズームで見るとよくわかります。私が見ている間はじっとしていた鳥が、その後また移動を開始。でも視界からは終始外れず、また地面にも降りてきました。しかも今度は足元ではなくてその先の小川の石の上。望遠レンズでもちゃんと撮影できる距離です。ちなみにその小川の近くには普通のカメラを持った小学生がたまたま立っていたのですが、鳥はその子の至近距離に降りてきたので、特別なレンズのないその子もばっちりオオルリを写真に収めることができたのでした。

オオルリ撮影会が一段落したのでもうひとつのゾーンの方に移動。こちらには大きな淡水池と潮入りの池があり、淡水池の観察広場と潮入り池の2つの観察小屋を順番に回ってみました。観察広場からはカモ類とカイツブリ、最初の潮入り池観察小屋からはたくさんのカワウが見られましたが、いちばん成果があったのは最後に行った観察小屋。カワウのほかに大小のサギ類、イソシギ、そして千歳川でも四万十川でも見損なったカワセミ。翡翠という宝石はこの鳥の名に由来するという、こちらも目の覚めるような鮮やかなブルーの鳥です。その青がぴゅーっと飛んでいくので目につきやすいものの、飛ぶのが速いのでレンズ越しに見るのはけっこう大変な鳥なのですが、向こう岸の石がごろごろしているあたりで隠れもせずになぜか静止してくれたのでじっくり観察できました。胸の方は茶色っぽいオレンジ色という、なんとも派手な組み合わせです。一方、私がカワセミに喜んでいる間、ダンナの方は観察小屋のすぐ手前にやってきたゴイサギに注目。ゴイサギは本来夜行性の鳥なので、昼間こんな風にじっくり観察できるのは珍しいのだそう。午後閉園時間近くの雨の降りそうな空模様という条件が良かったのでしょうか。そのゴイサギの隣にもう一羽、見た目の違うサギがやってきて、一緒に歩き始めました。種類の違うサギが一緒に行動するなんて珍しいとダンナはびっくりしてましたが、あとで調べたらどうやら2羽目はゴイサギのメスだったよう。なーんだ、向こうも夫婦でお散歩だったんですね。鳥類では雌雄で見た目がまったく違うというケースがけっこう多いのです。それにしてもここの野鳥はみんな実に協力的でサービス満点だ、と感心しながら閉園のアナウンスとともに野鳥公園を後にしました。

ちなみに最寄り駅は東京モノレールの流通センター駅ですが、今回の散歩は品川駅から始めて大井ふ頭中央海浜公園経由で行きました。こちらにも野鳥観察小屋があって、京浜運河の野鳥を無料で観察できます。マピオンのキョリ測によると品川駅から流通センター駅まで公園内を歩いた分も含めて約10km、それから天王洲アイルから品川駅まで歩いた2kmをあわせて合計12kmの散歩になりました。

東京散歩:江戸城と御府内八十八箇所札所第(新・旧)6番~7番

3月に6番目に行ったきり止まっていた御府内八十八箇所札所巡り順打ち散歩ですが、前回歩いたのは春のお彼岸、気がついたらなんともう半年経っていて今週は秋のお彼岸。寒さ暑さも彼岸までと言うし、ということで夏の怠惰ですっかり重くなった腰を上げてお江戸御府内強行軍のウォームアップにとりかかることにしました。

というのも、前回のゴール札所第6番は自宅からおそらくいちばん近い六本木のお寺、そして第7番は地図を見ると毎週通っている恵比寿のスポーツクラブのなんとお向かいさんなのです。どうせいつも歩いているところを歩くだけだし、その次の第8番はかなりまた遠出することになるのだから、ここでちょっと数を稼ぎながら鈍った足に油を差しておこうじゃないか、と思った次第です。

そんなわけで家を出たのはまたもや午後5時。台風が近づいているとかで雲の厚い空は今のところまだ雨は降らせていないものの、いつ降り始めてもおかしくなさそうな雲行きなので、ここはちゃっちゃといつも歩く道を歩いて次に備えようという心積もりです。

家を出て約5分弱で目指す第6札所、六本木の不動院に到着。先日都心の寺社建築について書いたときにも紹介したこのマンション風のお寺さんです。
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今回はゲートからちょっと中を覗いてみることにしました。するとまず目に付いたのが赤い鳥居。
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やっぱりけっこう多いんですよ、小さな神社が境内にあるお寺。蓮に囲まれているお稲荷さん、というのも神仏混交で面白いです。塀の内側にはお寺の由来を説明するプレートがあって、それによるとお狐様の憑依した人が「自分は稲荷神の使いだが、不動院が以前の立地からこの麻布の地に移された時、不動院を慕ってついてきた。ここに祠を建ててくれればここを守ろうぞ」というような内容のお告げをしたので、それに従ってお稲荷さんの祠を建てたという伝説があるのだそう。

これを読んで、そういえば不動院は移転の歴史があるお寺だったことを思い出しました。前回散歩ルートで現在の立地に来ることを選んだのは、移転が江戸時代の比較的初期に行われたため(江戸府内のお寺が江戸幕府設立に伴い、藩屋敷を江戸城の周囲に置くという政策のため、それまで存在していた寺社の大規模な御用地召し上げが行われ、多くの寺が移転した、という話はそういえば小説「三年坂 火の夢 」にも出てきてました)、御府内八十八箇所巡りが流行った頃にはすでに現在の立地にあったのが理由でしたが、今回は歩き慣れた道を歩くだけのちょっとした散歩なんだから、ついでにもともとの場所を見ておくのもいいかな?と色気を出してしまったのはいつもの悪い癖。

解説プレートによると、元の立地は「麹町平河通り(現在の赤坂御門、「虎屋」の辺り)」
だったとのこと。赤坂の虎屋、以前散歩したときに通りがかった記憶があります。が、どのルートを通った散歩だか思い出せません。赤坂駅周辺ではなかったこと、何か大きな通りに面していたことはなんとなく覚えています。赤坂御門っていうと、赤坂見附の方?それとも溜池山王方面だったかな?とちょっと迷った末、とりあえずここから近い溜池山王をまずは目指すことに。が、六本木通りを歩いていると、この辺りの散歩ではなかったことははっきりしてきました。そこで赤坂ツインタワーのあたりから道を折れて日枝神社経由で赤坂見附の方へ。

駅から青山通りに入り、「銀座で一番おいしい和栗モンブラン!9月1日から新栗!」と書かれたカフェの看板に後ろ髪を引かれつつ(笑)先を急ぐと、やがて目指す虎屋が見つかりました。青山通りを挟んだ向かい側は豊川稲荷神社。ん?すると不動院の移転にくっついてきちゃったお稲荷様ってのは豊川稲荷なのか?あんな立派な神社からひょこひょこくっついて行っちゃっていいのか!?うーん、神道、なかなか奥深いです。

その豊川神社、ちょうど秋の神礼祭シーズンとあってここもこのシルバーウィークはお祭りらしく、赤い提灯にずらりと明かりがともって壮観です。そういえば見附の駅の辺りでは樋川神社のお祭りの準備でテントが張られ、ハッピ姿がたくさん集まっていました。東京都心って古い神社がたくさんあるので、けっこうお祭りなどの年中行事が盛り上がります。マイミクさんの中にも毎年この季節はお神輿を担いでいるという人も何人かいるし、寺社行事とは縁がない新興住宅地で中学~大学時代を過ごした私には、逆に大都会のお祭りって新鮮な感じがします。

しかしそれにしても、ちょっとした思い付きのせいですっかり遠回りをする羽目になりました。次の第7札所はアドレスで言うと渋谷区東ですが、恵比寿・広尾・東の町名の境界近くで最寄り駅は恵比寿、恵比寿プライムスクウェアのすぐそばです。いつもスポーツクラブに歩いて行く時には、麻布十番~広尾経由で恵比寿を目指すか、六本木通りの南青山7丁目交差点から左折というルートなんですが、さてどうしたものか。ちょっと考えてみた末、そのまま青山通りを進み、青山学院の辺りから広尾・恵比寿方面に向かう道に入ることに決めました。時間はすでに6時過ぎ、黒雲に覆われて暗い空からはぱらぱらと雨も降り出しました。やっぱり素直に六本木から恵比寿に直行するんだったと後悔しつつも、ここで中断するのもいやなので先を急ぎました。

この界隈では自動車のショールームが目に付く青山通りを歩いて、「そういえば青山通りってのは国道246だから、この道をひたすら進めば昔住んでいたあたり(川崎市高津区)にたどり着くんだよなあ」などといらないことを考えながら表参道交差点を過ぎ、骨董通りとの交差点を過ぎてすぐ、青山学院キャンパスの外側を通る細い道に入ります。この道は青学会館の玄関へのアクセスルート。青学会館はアイビーホールとも呼ばれているようで、一見大学付属施設というよりは結婚式場にしか見えないのはさすがミッション系(?)。入り口近くにはウェディングドレスが展示されています。青学卒業生で「結婚式はアイビーホール!」っていう人、あるいは歌に出てくる「蔦のからまるチャペル」にあこがれてという人、けっこういるんでしょうかね。

青学キャンパスをぐるっと迂回する形で辿り着いたのはまたまた六本木通り。これを横断して、恵比寿方面に向かう道に入ります。広尾中学、広尾高校、広尾小学校を通り過ぎるとそろそろ目指す第7札所、室泉寺のはずなんですが、表通り側はお寺の裏に当たるようで入り口はありません。そのまま明治通りに出るまで直進し、右折。すぐお寺がありますが、これは別のお寺なので通り過ぎて、最初の道に入ります。この細い道がお寺の参道なのです。上り坂になった道を進むと、正面が室泉寺。が、もう7時近いので、もちろん山門は固く閉じられて中には入れません。携帯電話で写真を撮ろうにもあたりはもう真っ暗だし。まあ、いつものパターンではあります。プライムスクウェアでコーヒー飲んで、恵比寿から地下鉄で帰りました。

というわけで、本来なら4kmくらいですむはずの第6札所~第7札所ルート、赤坂周りで行ったらほぼ8kmに倍増でした。まあ次の札所に行く前のいいウォームアップにはなったということで・・・。

東京散歩: 不忍通りから根津を目指す

月曜日、やっと以前から興味があったオプセラピーに行ってきました。
早稲田に行こうとしてさんざん道に迷ったときの散歩がこのオプセラピー研究所の下見を兼ねていたのですが、今見たら、日付は去年の11月7日。ずいぶん間が空いてしまいました。

オプセラピー研究所の所長さんはサルサで知り合いのマイミクさんで、これまたマイミクのダンサーさんのお薦めで試してみたもの。施術は問診と説明、センサーを使った検査があって、調整自体はあっという間でボキボキするわけでもなく痛みもなし。で、その後奥のベッドでゆっくり休んでおしまいです。1時間くらいは横になっていたのでしょうか。うとうとと気持ちよく寝てしまい、目が覚めると何だかすっきり。今日は運動とお風呂は禁止、という注意とともにオプセラピー研究所を後にしました。

時間は5時過ぎ、天気もよく暑さも和らいで戸外の空気はさわやか。運動がダメだというと今夜は踊りに行けないし、じゃあ代わりにのんびり散歩してから帰るかな、と思いました。目白通りを左手に進めば目白駅、明治通りに降りれば早稲田方面、というのは前に下見に来たときのルートで覚えていますが、また同じ道をたどるのもつまらないし、23区北部は歩いていないところがたくさんあるので、新しいエリアを開拓したいと思い、地図を確認しに近くのコンビニへ。文庫本大のコンパクトな東京道路図があったので、これなら持ち歩くのに便利と購入しました。地図によると、目白通りを目白と反対側にどんどん進むと、道は南へ南へと下って飯田橋あたりに出てしまうとのこと。せっかく北側にいるのだから北側を探検したい、と他のルートを調べると、目白通りから不忍通りという道が分岐しています。地図でたどっていくと、どうやら千駄木・根津を経由して不忍池のあたりに出る道とのこと。そういえば以前母から「千駄木・根津エリアが面白いよ」と聞いていたような・・・。それに上野からは地下鉄1本で六本木に帰れるから便利です。

ただし問題がひとつ。不忍通りはいったん北へ向かってから大きなカーブを描いて南下する円弧状の道。ということは、けっこうな回り道です。できればもっと直線的に上野方面を目指したい。と思って地図を眺めてみたのですが、不忍通りの円弧の下に当たる部分はどうもごちゃごちゃと細い道が入り組んでいる住宅地のようでわかりにくそう。もうすでに5時過ぎていてこれから暗くなっていくのに知らないところで迷いたくない、ということで仕方なく直線ルートはあきらめ、素直に不忍通りを使うことにしました。

今日は激しい運動はいけないとのお達しだったので、いつものようにがしがしと歩かず、のんびりぺたぺたと目白通りを進み、不忍通りの分岐点に立つと、先の方がけっこうな上り坂になっているらしいことがわかります。運動禁止なんだからやっぱりこのルートはやめるか?と一瞬思いましたが、いやいやこのまま飯田橋~皇居では芸がなさすぎると思い直し、予定通り不忍通りに折れました。しばらく進むと大きな交差点があり、そこは首都高出口があり、南に向かう道があり、そして大きなお寺。護国寺との表示です。有名なお寺で私も名前は聞いたことがありますが、このあたりにあるというのは知りませんでした。今日はのんびり散歩ということで、ちょっと境内をのぞいてみることにしました。

地下鉄の出口と交番にはさまれた立派な山門をくぐって中に入ると、正面の石段まで敷石の道がまっすぐ続いており、その右手はベンチがあって休憩所のようになっています。左手は学校らしく、チャイムの音に続いてチャカチャカした音楽が始まり、続いて校内放送が生徒の下校を促しています。石段の上にはもうひとつ門があり、本堂はその先らしい。でも、それよりも目を引いたのは石段のたもとにある石橋と、その向こうにある鳥居。そういえば芝の増上寺の境内にも神社があります。明治の神仏分離令までは神仏習合で神も仏も日本ではごっちゃに入り混じっていたのだし、神社の境内に仏像があってもお寺の境内に鳥居があっても不思議はないのかもしれません。が、この鳥居、近寄ってみると鳥居の向こうは木が一本生えているだけで神社の祠が見当たりません。うーん、不思議だ。奥まで入って見てみたいけれど、鳥居に続く石橋には立ち入り禁止の柵が立ててあり入れません。神社の謎はあきらめて石段を登り、でも本堂でのお参りはせずそのまま引き返して散歩を続けました。

不忍通りはその後春日通り、白山通りに本郷通りとほぼ南北に走る通りと交差しながら北東に向かって続きます。特に面白くもなんともない大通りなのでできれば脇道にそれたいのだけれど、迷ったら困るので我慢。文京区だけに学校が多く、また出版社も見かけます。女子学生会館が多いのは近くに女子大があるのでしょうか?本郷通りとの交差点には六義園との標識。一度行ってみたいと思っていた(けど東京のどの辺りにあるのかは知らなかった)庭園のひとつですが、もう6時だから開いているはずもないのでそのまま直進。町名表示は本駒込ですが、「神明町」と名前が入った店があります。そういえばこの間散歩したときに写真を撮った三田の天祖神社の脇を通る道も神明坂。通り沿いに下がっているお祭りの予告を見ると、どうやらこのあたりにも天祖神社があるようです。天祖神社といえば神明、というつながりがあるのか?と思ってあとで調べたら、神明というのは天照大神のことで、天照大神をまつる神社が天祖神社または神明神社と呼ばれるのだそうです。

このあたりで不忍通りは北進するのをやめ、まっすぐ東へ、それからさらに折れて南東方向に向かいます。そろそろ休憩してもいいかなあと思ったところに動坂下と表示のある交差点の手前にカフェを発見。「おいしいケーキ」の看板につられて入り、フランス風の名前のついたシナモンティーとケーキで休憩。持ってきていた文庫本を読んでいたらすっかりのんびりしてしまい、外に出た頃にはあたりはとっぷりと暮れていました。いかんいかん。ぺたぺたよりもちょっとだけ急ぎ足になって先を進みます。

このあたりは町名表示を見るとすでに千駄木のよう。千駄ヶ谷なら国立競技場の近くなので新宿御苑に行ったときに通ったけど、なぜ似たような名前の町がこんなに離れているのか?途中通りがかった案内板には親切に地名の由来が説明してあり、それによると雑木林で薪などを伐採、その数が千駄にも及んだからという説や、太田道灌が栴檀(せんだん)の木を植えた地であり、この栴檀木が転訛したとの説があるそう。そういえば道灌山下という交差点も通り過ぎました。ともかく、千駄ヶ谷とは何の関係もないのね。道灌といえば江戸城を建てた人ですが、特にこのあたりにゆかりがあるのかな?由来はともあれ、根津と並んで「面白いよ」との話だった千駄木、でも見た感じ何も面白そうなものは目に入りません。もうあたりも暗く、しまっているお店も多いし、表通りだけ歩いていても面白くないのはまあ仕方ない。私の住んでいるあたりだとこのくらいの時間でも明かりがこうこうとしていますが、このあたりはなんとなく街灯が暗い気がします。生活エリアってのはこういうのが普通で、六本木みたいなところの方が特殊なんだろうなあと思いながら先を進みます。

途中通った交差点は団子坂下との表示。団子坂という名前は、ちょうど最近読み終わった「三年坂 火の夢 」という小説にちらっと出てきていました。転ぶところころと団子のように転がり落ちそうな急坂だからそういう名がついた、というような説明がついていました。この小説、明治時代の東京を舞台に、田舎から上京してきた青年が兄の死の謎を解こうと東京中の「三年坂」を探し回るという物語。主人公が麻布の三年坂から牛込まで一気に走るという場面が出てきます。まあ走るのは無理としても、あの主人公の足跡をたどって東京の三年坂を探訪する散歩コースってのも面白そうかな、そういえば東京の坂をリストアップしたウェブサイトってのもあるし・・・とまたいらないことを考えつつ、途中「あおいそら」という名の、六本木のヌーボーとちょっと似たような雑貨店で買い物をして道草を食った後は、またひたすら南下を続けます。いつになったら千駄木から根津に入るんだ?と思いながら歩いていたら、やっと町名表示が変わりました。根津神社が近いようですが、もう7時過ぎているのでそのまま直進。根津駅ではよっぽど散歩をやめて地下鉄で帰ろうかと思いましたが、千代田線だと乗換えがあるからという理由で却下し、上野を目指します。

根津でも特に面白いものは目にしないまま進むうち、町名は池之端に。池というのが不忍池であることは容易に想像がつきます。このまま進むと不忍池の西側を通り過ぎて湯島に出るはずなので、そろそろ上野駅に向かって不忍通りを外れることに。不忍池と恩寵公園の間を抜ける道に入りました。途中の角には、森鴎外の顔を描いた垂れ幕のある建物が。「「鴎外温泉」とあります。建物は「文豪・森鴎外ゆかりの宿 水月ホテル鴎外荘」だそうで、かつてここに森鴎外が住んでいたらしく、当時の建物が敷地内にまだ残っているのだそうです。外からは見えませんが・・・。そこから先の道は両側が木々でうっそうとし、動物園からは獣の鳴き声が聞こえてきます。上野精養軒の裏だか下だかを通り、地下駐車場を通り過ぎ、京成上野駅の池之端口に到着。道を渡ってJR上野駅側に行き、アトレの女子専用トイレ(今回初めてその存在を知りました)に立ち寄ってから日比谷線に乗りました。

マピオンキョリ測によると歩いた距離は8.3km。千駄木・根津を散策するという目的は果たせず、ただ不忍通りをほぼ端から端まで歩くだけに終わった散歩に。

教訓:5時過ぎてから知らない町の探訪を目的に散歩してもしょうがない。

千駄木・根津散策はまたの機会に・・・。

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